2100年には「そう言えば、テレビってあったよね〜」と懐かしむ時が来る

リッキー

สวัสดี ครับ (サワディークラップ) Rickey(@rickey_blog) and Instagram (rickey_blog)です。

テレビが無い生活なので、テレビがあると、なんだか懐かしい!

 

先日、半年に1回の車のメンテナンスでディーラーに行った時のこと。ディーラーであるマツダのお店に行き、たまたま民法の番組が流れるテレビの前に座った時、テレビに何故かぼーっと集中してしまう私がいました。

 

歯医者へ行った時も同じような経験。スマートフォンをいじるのではなく、どうでもよいワイドシーをぼーっと見入ってしまいました。

 

ブログで何回か紹介していますが、Rickeyの家にはテレビがテレビがありません。テレビを見る週間がまったく無いので、外でテレビがあると、余計に見入ってしまうのです!

 

逆にそれだけ、テレビがあった時代はテレビに時間を浪費させられていた。時間を握られていた自分だったのかもしれません。テレビが無いので、今は自分が欲しい情報をネットから検索して、消費するというスタイルに変わりましたが、何一つ不自由なことはありません。YouTubeもありますし・・・

 

しかし、なんかテレビがあると懐かしく感じてしまいます。特に90年代の小室ファミリー黄金期のことなど。テレビからどんな情報でも受け取っていた時代です。

 

どんどんテレビ離れが進んでいって、離れた人がちょっとテレビに戻ってくると、「テレビって懐かしいな〜」とか「あったよね〜」っていう反応があるのかな〜と・・・イマジン。

 

久しぶりにテレビを見て、そんなことを想像しました。

 

久しぶりにテレビを見て、ツッコミたくなった

 

最近のテレビは制作費にお金をかけられないせいか、ちょっとツッコミたくなることがありました。それはどういうことかと言うと、とあるワイドショーの番組の最後の方で、「海外の〇〇でこんなプロポーズがネットにあがっていて、こんな反応がありました〜」という系統のもの。

 

一度はご覧になったことがあるのではないでしょうか?「ネットにこんな危険な〇〇の動画がありましたよ〜」というたぐいのもの。

 

というか、こんなニュースだったらRickeyでも作れますし、皆さんでもネットやアプリで検索すればヒョイと作れてしまう内容。ニュースにする必要なんかそうそうないのに、番組の枠を埋めるため、番組の経費を削減するため、ツイッターやSNSから広い集めてきた情報をまとめて報道しているだけなのです。

 

そろそろこういうニュースは要らない!そもそもニュースにするな!と日本人も言うべきではないでしょうか?

 

テレビが無い生活をまとめた記事はこちらにあります▼

 

 

以上、「2100年には「そう言えば、テレビってあったよね〜」と懐かしむ時が来る」でした。

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