สวัสดี ครับ (サワディークラップ) Rickey(@rickey_blog) and Instagram (rickey_blog)です。
2018年7月6日に一連のオウム事件の容疑者の死刑執行が行われました。
突然のことで、驚き、なぜこのタイミングで?という気持ちと、夜のAbemaTVの特番を見て、過去の事を思い出したり、あーこんな報道もあったなと記憶が蘇ったり、複雑な思いがします。
心の中がざわざわするので、思ったことをブログで整理しておきたいと思い、ブログにまとめました。
死刑執行のタイミング
すっごい突然の死刑執行。西日本が大雨で大変なこの状況の中にドンッと当ててくる感じが、先日の大阪での大地震で慌ただしくなっている直後に加計学園の理事長が突然に記者会見を開いたタイミングとなんか似ているな〜という気がしてなりませんでした。
死刑執行が事前にメディアにリークされていたのではないかという情報もありますが、メディア関係は突然の執行に特番を組んだりと番組の変更で大変だったと思います。
それにしても、用意されていたようなVTRが多かったのは、執行の情報がリークされていて、事前に準備出来ていたのでしょうか?
世代によるギャップ
今の大学生には話しても「何それ?」って言われます。
地下鉄サリン事件が起きた時、私は小学校2年生でした。当時はニュースをつければオウムの事件が放送されていて、かなり私もメディアの押し付けを受けてきました。そのため、オウムの歌とかを否応なしに覚えてしまうほど。これってメディアの押し付けだったよねと今では思いますし、先日の報道でも頭の中で音楽が何故かリピートしてしまうほどでした・・・
私の世代(昭和60年生まれ)、オウムが選挙に出ていたことへの記憶はありません。親に聞くと、選挙カーが走っていたことを見たことがあったようです。
オウム事件が起きたのが私の年代でちょうど10歳の頃なので、一連の事件でどんなことが起こったのはかはメディアの報道によって記憶にありますが、当時物心付いていない世代(0歳〜3歳)現在の20歳以下の年代は記憶にない世代です。
なので、世代によって認識に対する大きなギャップがあるのが現状です。
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戦争体験のように、次の世代に受け継ぐべき?
オウムの事を知らない世代に、どんな事件があったのか、戦争体験を後世に伝えるように、伝えるべきなのでしょうか?また同じような団体が出てきてしまうということを恐れて、オウムがしたようなテロ行為をされないように、抑止していく観点で、オウムのことを伝えていくべきなのでしょうか?
これらのことを伝えるべきか、伝えないべきかということは、私の中では答えが出ていません。どうすればいいのでしょうか?
戦争の体験、ファクト、東日本大震災の津波の体験等々は後世に伝えていくべき内容というのはわかりますが、この件については、、、どうすればいいのでしょうか?
誰もが経験する洗脳体験
どこにいても洗脳という体験は存在します。
ホリエモンの著書「すべての教育は『洗脳』である」」▼
にもあるように、学校に行くこと、整列して並ばなければいけないこと、同じユニフォーム、制服を着ることもすべてがそうしなければならないという洗脳であるとも言えるのではないでしょうか。
社会人であっても、上の指示に従わなければいけないとか、これは守らなければならないという規範的なもの、ノルマ的なものは洗脳と捉えることもでき、私達は常に何らかの圧力というか、規範に従わなければいけないという洗脳状態にあると言えます。
社会人の方の中には、この上司には絶対従わなければいけない、この意識決定には反抗できない、周りと同調しないと、生きていけないという同調威圧的なものは多く存在します。
オウムの教団内で事件を実行していった人々も、最初は普通の人と同じ状況であって、いつしか強烈な「〜しなければならない」「従うことが喜びだ」という精神状態へとうまい具合に誘導されてしまったのではないかと想像します。
このような心の状態は決して特質しべき状態ではなく、一般の社会でもよくよくある状況で、私達の中にも持っている因子であると認識する必要があり、決して他人事ではないと思うのです。
今でも覚えている逮捕された時
麻原元死刑囚が逮捕された時、中央道にほど近い小学校に通っていました。その日、中央道を通った時、多くのヘリコプターが音を立てて飛んでいったことを、小学校の教室の窓から目撃しました。
自分にとって、阪神大震災の燃える住宅の映像も強烈なイメージだったけれども、身近な場所でヘリコプターが何機も飛んでいったあの異様な光景は、今でもなんだか忘れられません。
驚くべき事実!「気になる」ということは、やっぱり因があったということ!
先日母親と話していたら、驚くべき事実が明らかになりました。
それは、元死刑囚が選挙期間中に「電話を貸してください」と東京の実家まで来たことがあるというのです!母はもちろんドアは明けずに、電気を消して対応したということなのだが、周辺の住宅を見ながら、去っていったそうです。
これは推測でわからないけれども、当時、父がヘリコプタのエンジニアということもあって、何らかの名簿をつたって、住宅を散策するフリをして来たのではないかと想像してしまいました。
ヘリコプターの技術があれば、上空から何かをすることが出来るのではと考えたのではないでしょうか。
それにしても、怖い話しが今になって出てきたし、やっぱり自分がこの一連の騒動について気になるという原因はこんなところにあったんだと気付かされました。
影響で、こんなことも・・・
死刑執行のあと、びっくりドンキーのサイトがダウンしてしまいました!
何故、ダウンしたのか?
それは、びっくりドンキーを経営している会社が「アレフ」という会社。まったく関係がない、名前だけ一緒の会社です。
執行後、「アレフ」の検索がだーっと来て、サーバーがパンクしてサイトがダウンしてしまったそうです。
まったく別団体とはいえ、名前が一緒だと、とんだところで影響が出ますね。ネーミングは慎重にしなきゃあかんなという教訓になりました。
まとめ
彼らが起こした一連の事件は許され難いことです。ただ同時に、一連の事件と死刑執行については、これから日本の法治国家でどのように人を裁いていくべきかということを考えさせるきっかけを与えたのは事実です。
死刑執行せず、もっと聞き出せることはあったのかもしれません。でもこれ以上引き伸ばしても・・・というのもあるでしょう。ただ、同時に一気に執行というのは、何か特別な理由というか、裏があると思います。
今後、遺体が拝む対象になったり、後追いがあったりと影響があることが想像出来ますが、大きな混乱がないことを祈ります。